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エマールというと、あのデュトワがN響音楽監督に就任してまだ間もないころ、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」のピアノパートのソリストとして来日したときの、目からウロコが落ちるほどの凄絶な――異常な集中力と狂気の虜(とりこ)と化したような――あの名演を思い出す。あれ以来、エマールがこうした形で圧倒的な実力の全貌を現わしてくるに違いないと、ずっと待っていたような気がする。
その待望のリサイタル盤の登場である。まず冒頭のベルクのソナタからして最高の出来。水晶のように深く透明な音色の何と際立っていることだろう。こうして聴くベルクのソナタは、いまや完全な古典と感じられるほどわかりやすい。いささかの曖昧(あいまい)さも難解さもなく、ぎっしりと中身の詰まった濃厚でロマンティックな情緒を堪能できる。
続くベートーヴェンの「熱情」の青白く燃え上がる情念、リスト「2つの伝説」第2番の聳え立つような英雄的表現、リゲティの練習曲3曲の明晰から混濁までも完全にコントロールしきった神業的超絶技巧、メシアン「幼子イエスに注ぐ20のまなざし~第11曲」の妙音を駆使した目も眩(くら)むばかりの色彩美、そしてドビュッシーの「水の反映」「金色の魚」「12の練習曲~第6曲」での冴えに冴えた霊感の閃き!
もしかしたら、エマールは宇宙人ではないだろうか? すべての音が濡れた金属のように超越的輝きを放つこの奇跡的演奏は、聴けば聴くほどに驚嘆の度合いを増すばかりだ。これが、咳のノイズを取り除く以外はまったく無編集のライヴだとは、信じ難い!(林田直樹)
メディア掲載レビューほか
ピアニスト、ピエール=ローラン・エマールの2001年12月3日にカーネギー・ホールで行われた公演の模様を収録したライヴ盤。リゲティ、メシアンと並んで、ベートーヴェン、リスト、ドビュッシーといったスタンダード・レパートリーも収録。 (C)RS